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政局について語るときに私が語ること

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福田康夫首相の支持率の低下ぶりは、まさに政権が危険水域に入ったことを示している。日銀総裁人事をめぐる混乱でも顕著になった自民党と民主党の異常な対立ぶりは何なのか。徒労感さえ漂うが、冷静に分析する姿勢を持ちたい。激しい対立は「ねじれ国会」で参院を制した野党の発言権が強化されたことが原因であるが、背景には2大政党制をどのように運営していくかという問題がある。戦後初めて実現した2大政党制。それを手探りで運営を続けているがゆえに、どこで譲歩するのか、政治家たちは折り合う地点を見極められなくなっている ように見える。日経の「寸言」(08年3月28日朝刊)というコーナーに自民党の伊吹文明幹事長のボヤキが載っていた。

「今の状態を経験したことのない先輩が自分たちのときの感覚で福田康夫首相や私を批判するが、言いたいことは山ほどある。それを言っちゃ失格だから我慢してますが・・・」

2大政党制が実現したのは90年代に実現した小選挙区制導入などの政治改革だっ た。飯尾潤「日本の統治構造」(中公新書)によれば、それは憲法に規定された「議院内閣制」本来の力強さを取り戻すことになった。小選挙区による衆院選は 「政権選択」選挙としてイメージされるようになった。

そのような「議院内閣制」の下で、飯尾氏は「政権党は、政権提出法案を成立させるために、多数決に頼るようになり、55年体制型の与野党協調は成立しづらくなる」と指摘する。野党の利益をも汲み取る「国対政治」は機能しづらくなっているということだ。例えば、武藤日銀総裁案の拒否を巡って水面下では民主党内の一部に容認論があったものの、取引ができなかった。

「政権交代」という権力闘争を戦う与野党の激しい対立 は、2大政党制の下ではそもそも想定されたものなのだ。だが、そこで政治が停滞しないためには、与党による多数決が担保されていなければならない。「失政」への反対は、次の総選挙で決着を付けるのが筋となり、「日銀総裁案拒否」のように、決して参院でストップを掛けるということではないのである。

今の日本では参院が強大な権限を持ちすぎているが、衆院重視の「議院内閣制」を進めていくと必然的に、二院制の緊張が高まる。飯尾氏はこれからの参議院の 在り方について、「議院内閣制の貫徹のためには、第二院の権限が、選挙によって確立した第一院の方針に反しない程度に制限されるか、一院制へと移行することが必要なのである」とまで言い切っている。

年内にも解散・総選挙が実施されるのは間違いないとされる。2大政党制での雌雄を決するのは総選挙の勝敗である。民主党はもう十分に存在感を示したのだから、これ以上倒閣運動をしたり、解散へ追い込もうとして徒に政治を混乱させるのではなく、次期総選挙に向けた政策・マニフェスト作りに注力するべきではなかろうか。

投稿者: neopallium

3月 28, 2008 3:59 am

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